
靖国に行けば騒ぎ、行かなければ弱腰 終戦の日の「参拝チェック」、いつまで続ける?
終戦の日の8月15日、小泉防衛相と黄川田こども政策担当相、自民党の鈴木幹事長、有村総務会長、西村選対委員長らが靖国神社を参拝しました。高市首相は参拝せず、私費で玉串料を奉納したと鈴木幹事長が明らかにしています。
小泉防衛大臣は、きょう午前7時すぎ、高市内閣の閣僚として初めて終戦の日に靖国神社を参拝しました。
「国のために犠牲となった英霊に哀悼の誠をささげた」
高市総理は私費で玉串料を奉納したということです。
出典:小泉防衛大臣や自民党・鈴木幹事長ら党幹部が相次いで靖国神社参拝 高市総理は私費で玉串料を奉納(TBS NEWS DIG Powered by JNN) – Yahoo!ニュース
結論から言えば、戦没者を悼む行為は政争の点数表にするべきではありません。閣僚が参拝する自由も、高市首相が参拝を見送り玉串料を納める判断も、それぞれ説明されればよい話です。ただ、靖国神社には多くの戦没者と同時にA級戦犯も合祀され、現職の防衛相や政権幹部の行動が外交上の意味を帯びる現実も無視できません。「国内のことだから報道するな」で蓋をすれば、かえって政治家の立場や追悼の意図が伝わらなくなります。必要なのは、誰が行った・行かなかったで愛国心を採点することではなく、何を悼み、過去の戦争をどう総括し、平和をどう守るのかを本人が言葉にすることです。終戦の日を毎年の参拝チェックで消費するより、遺族、民間人、海外の犠牲者も含めて追悼し、二度と戦争を起こさない責任を政策で示す。その方が、玉串料の名義を数えるよりずっと重いはずです。
